大淵裕昭の学生時代の様子は?どんな青春を過ごした?

華やかな世界で活躍する芸能人にも学生時代が存在し、青春の中で様々な経験を繰り返し現在の人気を獲得している人が数多く存在しています。
爽やかな小顔とモデルを思わすすらりとした長身が特徴的な芸能人の平方元基も例外ではなく、多感な青春期を過ごしている事で有名です。

幼少期の様子は人前に出る事が苦手で、皆で何かを発表する時になるとソロで演奏する等目立つ役に抜擢される事が多く練習の時間等に登園拒否をしたことさえあります。
しかしそんな恥ずかしがりやな平方元基ですが、段々と歌を歌う事に目覚めていき大学生時代にスカウトされる程の頭角を見せていきました。
この時期ではまだ映像などの仕事をしていたりしたため、活躍の場はありませんでしたが2011年にロミオとジュリエットでミュージカルデビューを果たし、芸能人としての可能性を一気に開花させる事になりました。

平方元基本人は最初物語の大役であるティボルト役が来るとは予想しておらず、自分の中でこれは無理なのではという様々な葛藤がありました。
事実何をしていいかわからなかったし台本もまだないという状態であったため、自分が何をすべきなのかなぜ呼ばれたのかも分からない状態でした。
しかし数日後マネージャーの方からのとりあえず何かするのという電話を貰い、自分に何ができるのかという考えに至る事になります。

この電話の存在は本人にとって大きな原動力になったらしく、舞台のために体作りをしなくてはという答えを自分の力で導きだしジムへの入会手続きを行う行動力を表しはじめました。
当の本人は今ではこの出来事を笑い話のように他の人に話していますが、平方元基は細かい切っ掛けやチャンスを青春時代に獲得し、それを見事自分の存在価値として昇華させた数少ない芸能人である事は言うまでもありません。
この体作りが功を奏したのか繊細なイメージが濃いディボルト約を見事を舞台で演じ切り、その後様々な話題作に出演する事になります。

特にエリザベート、シラノ、マイフェアレディ等は多くの人の記憶に残る作品となっており、本人にとって大きな自信に繋がった作品でもあるのです。
近年ではロミオとジュリエットの再演でベンヴォーリオ役に挑み、青春時代の頃に好きだった歌唱力を苦手だった人前で披露するというかつてない進化を見せた舞台になりました。
この様に平方元基は過去の自分の姿を今の自分の姿で塗り替え、様々な影響を受けて今舞台等で活躍しているのでファンの方だけでなく気になった方は出演作品をご覧になる事を強くお勧めします。

 

大淵裕昭の性格は?どんな人柄?

大淵裕昭さんとは、1985年12月1日生まれの31歳、福岡県出身の俳優さんです。

デビュー当時はテレビドラマでの活躍が目立ちますが、2010年頃からは主に舞台での仕事を中心として頑張っているようです。
趣味や特技を見るとギター・テニス・日曜大工・料理・温泉・カメラ・お酒とあり、鍛え上げられたスリムで精悍な体格からもわかるように、スポーツを得意とされているようです。

若い頃はテニスで汗を流していたんですね。

またギターをされていたという事もあり、現在のお仕事とも共通するところは、音楽のセンスがとても高い方であるいえます。

後でまた詳しく触れますが、現在は舞台の中でも主にミュージカル俳優さんとして大活躍をされていらっしゃいますので、歌唱力がずば抜けて素晴らしいといえるでしょう。

料理も得意とされているようで、最近のイケメン俳優さんは手際よくお料理をされる方が非常に多く、女性ファンとしてはその理想的な素敵さに目が離せないというところでしょう。

この他英検準2級・書写検硬筆3段というところは、まさに文武両道という感じですね。

なんだか非の打ちどころのないという、正真正銘のイケメン俳優さんです。
そんな大淵裕昭さんが芸能界にデビューするきっかけとなったのが、大学時代のスカウトなんだそうです。

顔は甘いマスクで、スポーツで鍛えたナイスバディ、長身でとてもさわやかな印象の大淵裕昭さんですから、まさに出るべくしてこの業界に入ったというところです。

ところで本題の大淵裕昭さんの性格についてですが、公式ブログをのぞいてみると、とてもまじめな性格が伺えます。

現在は、年末近くまでミュージカルの日程がギッシリ詰まっていらっしゃるので、大変お忙しい日々を送られているようで、たまの休日には思いっきり羽を伸ばしたいところなんでしょうが、オフの日でも仕事の事を考えてしまう…そんなちょっと不器用なところとまじめさを持ったとても誠実な方であるようです。

文面から見ても、とても自然体で優しい人柄が随所ににじみ出ています。

また素直で気さくな性格で、仕事にも意欲的に取り組んでらっしゃる姿は、ファンならずとも魅了されてしまいます。

ご結婚もまだのようで、今はとにかく仕事がとても楽しいという感じです。
周りの俳優さんからも沢山の刺激を受け、素直に吸収しまた自分をステップアップさせながら頑張っていらっしゃいます。

ミュージカルでの姿を見たお客さんは、あっという間に彼の魅力に引き込まれファンになってしまうのだそうです。
本当に素晴らしい俳優さんで、これからも沢山応援していきたいといえるでしょう。

 

大淵裕昭さんは東京都出身のアミューズに所属している俳優

大淵裕昭さんは東京都出身のアミューズに所属している俳優さんです。
生年月日は1994年2月1日で、現在は22歳ですが、もう間もなく23歳になります。
身長は171㎝と男性としてはちょうど平均的な身長で、血液型はB型です。

2009年に芸能界にオーディションで賞を受賞したことをきっかけにデビューしました。
有名になったのは2011年の9月4日から2012年の8月26日までに放送された戦隊モノに出演したことでしょう。

大淵裕昭さんはそこで主人公が演じていた役の敵・ライバル的な立場の役柄を演じていました。

戦隊モノは若手俳優・女優の登竜門ともいわれており、そこに出演した大淵裕昭さんは一気に知名度を上げることになります。
その後、ドラマ出演を経験し、今年には映画の役柄を演じることが決まっており、今とても注目度の高い若手俳優といえるでしょう。

主人公役ではありませんが、人間味の溢れるライバル役を見事に演じ、注目を集めました。

特技は県道、ダンス、ジャグリング、バスケットボールと非常に運動神経が高い人物であることが伺えます。
特に、剣道は現在も放送中の人気番組で2012年に開催された剣道部団体戦で、剣道2段の腕前を披露しています。

そこでは、初戦で2年連続で日本一になった女子高生を破り、2戦目でも実業団ではNo.1の実力を持っている女子社員を相手にして
勝利を飾っています。

それから2年後の8月9日にも対決をしましたが、そこでも勝利を飾っています。
彼の剣道の実力はかつては関東大会で優秀選手に選ばれた程で、小学校の1年生から9年間続けてきた賜物のようですね。

スポーツ万能な特徴はまさに「芸は身を助く」という言葉通り、役を演じる時の立ち回りや瞬発力に活かされているようです。
男4人兄弟でそんな経歴からか座右の銘は「点滴石を穿つ」であったり、実に男らしい考えの持ち主であるようにも思えますが、
趣味はギターの練習、音楽やマンガ鑑賞、喫茶店を巡るといったちょっとオシャレな現代っ子の面も見せていて、
そういったところも彼の魅力となっているのではないでしょうか?

ちなみに芸能人で特に仲が良いのは同じ事務所に所属している俳優の桜田通でお互いの公式ブログにもよく登場し合っています。
幅広く活躍できる立ち回りの良さが特徴だといえるでしょう。

桜田通さんも今期のドラマに出演していて、舞台でも出演しているので知っている人はそれなりに多いのではないでしょうか?
実力で活躍する正統派の俳優さんと言えそうです。自分自身の力で経験したことで注目をものにする英雄タイプの気質が伺えます。

イケメン俳優の登竜門

イケメン俳優の登竜門と言われる特撮番組で主役を演じ、人気急上昇、高値安定なのが俳優の大淵裕昭であります。

その風貌、人となりは王子さまのような柔らかい雰囲気をまとう一方で、
与えれた仕事に対して、あふれんばかりの負けん気魂、誰にも負けない情熱を持っています。

大淵裕昭のシゴト論を読むと、やたらとパワ-が湧いていきます。そんなガッツあふれる俳優の大淵裕昭がデビュ-する前の時はどんな存在だったのでしょう。
大淵裕昭の通っていた小学校についての詳しい情報は揃っていません。大淵裕昭は小学校時代に両親の勧めで剣道を習っていました。

彼の両親は剣道を通じて礼儀を学ばせたいと考えていようです。それで、大淵裕昭は小学生の時は好きでしばらくは野球と剣道の両方に取り組んでいました。
しかし大淵裕昭は野球も剣道も中途半端な状態が嫌だったことを明かしています。

大淵裕昭は本当に好きだった野球に専念したいと考えていました。ただ剣道を辞めてしまうと、自分に負けることになるので剣道の方は、
それなりの結果を出してから辞めることにしました。そして、剣道の稽古に専念し大会で優勝を果たしてから野球に取り掛かりました。

一本筋の通った人間と言えるでしょう。中学時代は野球部でキャッチャーを守るようになりました。中3の夏の大会で負けて引退した後、あるきっかけで2キロ痩せました。
その方法は「痩せるぞ!」と思い、ひたすら走って、ほとんど食べないという生活をしていたら2ヶ月でなんと18キロ減量しました。

さすがに、顔色がわるくなり、親も心配しだして「いい加減にしなさい」と注意されましたが、とうとう、入院してしまいました。ちょっと変わっています。
変わっているついでの情報としては、彼は芸能界に入る前は、実はいじめっ子だったということもファンの間では噂されます。

そしてボクシングを習っているので、少し怒らせたら怖いかなという感じ良く分かります。また彼は英語の勉強を幼い頃に経験しています。
それがあってか、大淵裕昭は1年間に渡って英語教育番組を任されていたころがありました。

キャスタ-採用基準は知りませんが、幼い頃の英語の勉強が役に立ったようでした。中学生の時に英検2級の試験に合格しています。
このあたりを見ても文武両道の精神を持っていらっしゃる点が伺えます。

高校は聖学院高校に進学し、成績は300人ほどの学生の中で真ん中の下程度の成績しか取れませんでしたが、
集中力高い人なので本気で勉強することでランキングを300人中のベスト10入りまでしてしまいました。

得意の英語を利用して英語番組のキャスタ-をしたり、運動クラブで鍛えた感の良さを使って、2011年ミュージカルで、
豪快なアクロバットを披露してファンをドッキリさせたりと着々スタ-階段を上がっていく大淵裕昭から今目が離せませんね。

大淵裕昭の人気がうなぎ上り

俳優の大淵裕昭の人気がうなぎ上りです。デビュー作はイケメン俳優の登竜門、ミュージカルの主役です。
イケメン俳優さんがだいたい出演してる舞台に堂々の出演です。

そして戦隊モノのTV番組主演を務め、どんと全国区の俳優さんに駆け上がりました。

知名度が一気に上がりました。イケメン俳優さんはだいたいここを通るのが一つの形になりつつあります。
ここで勢いがついて、その後は色々なドラマや舞台・映画などで活躍することになるのです。基本的に美少年役が多いです。

学生ドラマから恋愛ドラマの出演を得て、ミュージカルに出演と豪快なアクロバットを披露しました。
ちなみに以前は前転しかできなかったのを努力して出来るようになりました。

そうです。一方役者に必要な舞台度胸も、しっかりと兼ね備えています。 出演中に
誤ってネットが倒れてしまうというハプニングが起来た時も、先頭に立って状況をリセットする側に回り、
率先してネットを起こしにいき、そのあともさらりという表情で演技を続けていたそうです。

予期せぬハプニングにも対処できる冷静な判断力は今の年齢より、10歳は上だと思われます。
戦隊シリーズでは主役を演じるプレッシャーと求められる演技力との間で、苦しい思いをした層ですが
持ち前の運動神経と頭の切り替えの速さで演じきったようです。

役者としての自身の演技プランと監督の考えにハレ-ションが起きると、もう一度芝居を組み立て直そうという若いのに役者魂!
をしっかり兼ね備えた役者さんではあります。その頃を振り返って俳優の大淵裕昭は「気張りすぎていた」「視野が狭かった」
とコメントを残しています。
役者になりたての頃のことでした。ちなみに、芸能界デビューのキッカケは意外や意外でした。
スカウトで芸能界に入るようになるのです。
彼が、街を歩いていたら芸能プロダクションや雑誌の記者などから、声がかかるようになり、とりあえず、読者モデルを始めました。
今の活躍ぶりを見れば、自発的に業界に飛び込んだ印象があります。

先天的な能力というよりかは成長力が素晴らしかったということなのでしょう。
持ち前の才能を開花させる努力を続ける気質が成長の原動力であったようです。

大淵裕昭は2016年公開の映画へも出演しています。今まさに俳優として活躍の幅を広げています。
若手男性俳優団からグループメンバーへ、そして流麗な俳優として最近とみに注目されている大淵裕昭の今後の活躍ぶりを注視して行きたいと思います。

大淵裕昭、目ざましいのが、映画出演の多さ

わずか13歳という年齢で、舞台デビューを果たした大淵裕昭さん。

活躍ぶりも順調そのもので、翌年には早くも映画出演、その2年後には300人が参加するオーディションを勝ち抜いて、
映画初主演までつとめています。

クラシックをテーマにした映画で、天才的なバイオリニストというかなり難しい役どころ。
おまけに、これまでバイオリンを触った経験はいっさいありません。
それでも、猛特訓の成果もあって、劇中では見事なソロ演奏のシーンを披露しています。

このように、上々の主演デビューを果たした大淵裕昭さんですが、
大きな転機となったのは、やはり翌年に出演した特撮ヒーロー番組でしょう。

ここでも、はじめは主人公に付き従うおとなしい青年でありながら、
やがて暴走して悪に走るダークヒーローという、とても複雑な役を演じています。

しかし、このときの演技が大きく評価されて、その存在が一気に注目を集めるることとなりました。

その後もドラマ出演を重ね、ボーイズラブ好きのオタクや、金髪ピアスの不良少年といったように、幅広い役を演じていきます。
そして初の連続ドラマ主演では、見た目も頭脳も完璧な王子キャラという、まさに少女マンガ原作の王道といったキャラクターを演じています。

この主演をきっかけに、仕事量は飛躍的に増えていきました。

ドラマ出演だけではなく、その合間には舞台での単独主演も果たしています。
舞台では、アクションのために体を鍛えたり、二役を日によって演じ分けたりと、さらに高いハードルにもチャレンジしています。

特に目ざましいのが、映画出演の多さです。

2017年には主演の2本をふくめ、すでに6本もの公開が決定。なかには連続して撮影に入ったため、
まったく違うタイプの演技で苦労したという話もあります。
それでも、マンガ原作者からも完璧だと絶賛されるほど、見事にキャラクターを演じきっています。

その活躍は、さらに映画やドラマだけにとどまりません。

複数のCMにも出演し、なかでも消臭剤のCMでは家族の長男役をつとめ、あのかわいい子は誰?とネット上でも話題になりました。
バラエティ番組の再現VTRでは、さわやかなイケメン役としておなじみの顔となっています。

2016年には、毎年人気俳優が源義経役を務めることで有名な岩手県平泉町の春の藤原まつり、源義経公東下り行列の源義経役にも選ばれています。

まさに今が旬といった勢いのある活躍を見せている大淵裕昭さん。いったい、その活躍の場はどこまで広がっていくのでしょうか。
これからもその動向から目が離せません。

大淵裕昭はマンガ好きなことでよく知られている

マンガ好きなことでよく知られている大淵裕昭さん。

しかし、だからこそ漫画原作の作品に出演するときには不安もあったそうです。

自分自身が好きなキャラクターを、本当に自分が演じてもいいのだろうか。自分が演じることで、ファンのイメージを壊してしまわないだろうか。

本当に漫画が好きで、大切にしているからこその思いといえますね。

役作りにも苦労があったようです。はじめは、出来上がっているキャラクターを演じればいいのだから、その点は簡単だと考えていました。
ところが、実際に演じてみると、キャラクターを崩さずに、なおかつ自分の演技を入れるということの大変さが分かったそうです。

そこで大淵裕昭さんは、漫画と同じように、台本のセリフをよく読み取ることにしました。そこから少しずつ自分をキャラクターを近づけていくことで、
ようやく自分なりのキャラクターを演じることができるようになったそうです。

そうして自分のイメージどおりキャラクターに近づけたときは、本当に気持ちが良いそうです。
また、漫画で読んでいたときには気づかなかった魅力も知ることができるのも、役者ならではの楽しみのようです。

料理作りに目覚めるキャラクターを演じたときには、ひさしぶりの料理に挑んだのも大変な経験でした。

小学生のころはホットケーキなどは作っていたものの、中学生から上京して寮で暮らすようになってまったく料理をしなくなったそうです。
そこでひさしぶりにチャーハンを作ってみたところ、自分でもこれほどマズいチャーハンが作れるのかと驚いてしまったのだとか。

それでも特訓のかいあって、現在ではドラマでも作ったオムライスが得意料理になったそうです。

合唱部がテーマのドラマに出演したときには、苦手な歌に取り組むことになった大淵裕昭さん。とにかく時間を見つけて練習しておこうと、
寝るときにもピアノのメロディーを流しておくほどだったそうです。

こちらも今ではすっかり好きになって、いずれはミュージカルにも出演したいと考えるようになったそうです。

ほかにも、スキー選手で人生初のウィンタースポーツを経験したり、昼ドラの出演からはあまりのハードスケジュールに、
かなり不安も感じていたといます。しかし、苦しみながらもどうにか乗り越えてきたことで、今後の役者人生にも大きな自信がついたようです。

これからは、デビューが早かったせいであまりできていなかった、演技や発声といった基本の勉強もしっかりしていきたいそうです。
今後も、さまざまな役を経験し、乗り越えていくことで、ますます役者としての幅が広がっていくことが期待できそうですね。

大淵裕昭、デビューは、なんと小学6年生の時

九州は福岡で生まれた大淵裕昭さんのデビューは、なんと小学6年生の時でした。

福岡ではなく熊本で行われた花火大会に親戚の叔父と訪れていた彼にスカウトからの声がかかります。
有名な話としては、男の子ではなく、女の子と勘違いされてスカウトされたという事実です。

一方、スカウトをされた彼は、その頃芸能界に興味を持っていたという事はなかったようで、
今に至るまでに幼稚園の先生になることを夢見たこともあるそうです。

さて、そんな彼のデビュー当時の様子ですが、その若さからまだまだこれからの若い子供としかみられていなかったようです。
しかしながら、その才能は早々に発揮されます。
2009年に『エブリ リトル シング』という舞台で役者デビューしますが、その頃まだ12歳。
そして、次の年2010年に映画デビューを果たします。

まだ子供の範囲を出ない彼は、福岡と東京を往復しながらも俳優業をこなしていたようですが、中学2年生の頃にいよいよ上京。
芸能事務所の寮に移住し、都内の中学校に通いながら、俳優業も行い、まさに二束草鞋の生活を送るようになります。
母親も一緒に上京していたのかというと、そういう事はないようで、一人で上京し自立した生活を送っていたところを見ると、
俳優業に対しての真剣な姿勢が伺えます。

ただし、当時の彼の心境は、「両立しようと思わないことが逆に上手くいった」とも自身で語っており、
当時の年齢から考えると、随分と大人びた考えをもった中学生だったのだなと感じさせられます。
しかしながら、東京の交通事情には迷わされることも多いようで、同じところをグルグル回ってしまったというエピソードも持っているようです。

彼は、自身のブログも持っていますが、ブログの更新数は仕事の忙しさと比例するという視点で見ていくと、
デビュー間もない2011年の夏頃から徐々にブログの更新数が伸びていきますが、時に極端に更新数が少ない月もあったりします。
学校との両立もあり、少々心境に変化があった現れかもしれません。

現在では俳優業が安定してきたのか、定期的にブログの更新を行っているようで、彼のファンなどからのコメントも数が増えてきています。
現在もまだ彼の幼さが残る写真などをブログの記事から見る事ができますが、当然のことながら最初の頃の彼の顔つきはまだまだ子供ながら、
ファンに気をつかうコメントや記事が書かれており、その日の出来事や心境を事細かに書いているところを見ると、
まさにA型を思わせるものとなっています。

大淵裕昭は1996年7月4日生まれ

1996年7月4日生まれの大淵裕昭は、デビューの年齢がなんと13歳という若さでした。

元々、芸能人を目指していたわけではなく、地元福岡ではない熊本の花火大会でスカウトされたのがきっかけでデビューしたというのは有名な話です。
その際も、女の子と間違われてのスカウトだったという事実もあり、中性的なその顔立ちは女性からもイケメン俳優として人気のある俳優です。

彼の人気の理由はもう一つあります。
それは、細身ながら、しっかり鍛えられている体型。
事実、趣味に「空手」を挙げており、マッチョではないものの、身長170cmにして体重52kgというスタイルの良さが人気の背景にあるようです。

そんな彼は中学1年生で、例のスカウトを受け、最初のうちは東京と地元福岡を行き来する生活ではあったものの、翌年には事務所の寮に引っ越します。
中学2年生にして親と離れて暮らすという自立した経験を持っている彼は、2016年に高校生を卒業。
仕事に専念するために大学には進学しないと決め、現在は俳優業に専念されています。

テレビドラマや映画、CMといった幅広い分野で活躍している彼の代表作としては戦隊シリーズや
日ごろ目にする機会の多い医療用洗剤のCMが有名なところ。
そんな彼の人物像だが、共通して語られるのが「優しい」「人見知り」というその性格。
そもそも彼は3人兄弟の長男で、そのことからシッカリ者という見られ方をしています。
しかしながら、彼自身は自分の事を「気まぐれであり、マイペースだ」という意外な発言をしています。

男らしい性格でありながらも、優しさや決めの細やかな部分も持ち合わせているようです。

これまでの演じた役者としてのイメージから、つい「性格が悪い」と思われがちなようだが、
実はその真逆な性格であるという事実が分かると、一層女性の指示を集めたそうです。
事実、以下のようなブログやインタビューなどの発言を見ても平和的な彼の性格が分かります。

休日:寝る。
趣味:マンガ、本。
子供の頃の夢:幼稚園の先生

実家には愛犬がおり、それがキッカケなのか動物好きであるという一面もあるようです。

また、彼の血液型は、真面目で几帳面が多いと言われるA型であり、それを表すかのような発言もしばしばみられるようです。
つまりは、俳彼が優業に専念し、真剣に悪役やイメージの悪さを追及できているということこそ、性格の悪さが噂される元であり、
逆に言えば俳優業に対して非常に真面目な努力家であるという裏付けにも繋がると考えられる。

大淵裕昭の子供の頃の夢は医者

1991年6月3日生まれで、現在は舞台俳優として活躍している大淵裕昭さんですが、その経歴を探っていくと、
「もしかして色々と苦労してるのかな?」と思わせる話がチラホラ見受けられます。

とはいえ、彼は自分の考えは口にしても、自分の事についてはあまり口にはしないようで、インタビューや経歴について調べても、情報は少ない。

彼自身、東京都で生まれているが、子供の頃はどのような少年だったかという話がほとんど出てこないため、謎に包まれた人物のような印象を受ける。
しかしながら、彼が自分の事について話さないのは、元々の性格も手伝っているようだ。

現在、明確に分かっているのは以下のような情報のみである。

<子供の頃の夢は医者であった>

これは、インタビューでも彼自身が語っている事であるが、「お金が儲かる」というイメージ先行で、医者になりたかったと言っている。
ただし、実際はそのようにはならず、事の成り行きで芸能界に入ることになります。

しかし、それまでの経歴が苦労を感じさせるもの。
高校生の頃から、焼き肉屋でアルバイトをしていたというのは有名な話ですが、アルバイトをするようになった理由というのが、
高校卒業後、家庭の事情により大学に行くことができなくなってしまったため、大学の費用を自分自身で作ろうという事がきっかけだったようです。

<バイトの苦労が彼の俳優としての糧になっている?>

彼は、トークショーやインタビューとなると、アルバイト時代の事をしばしば話題にします。
大学に行くつもりで奨学金の手続きをしていたものの、家庭の事情からなのか急遽アルバイト生活になったとの事。
アルバイト先ではかなり仕事のできる人だったようですが、その仕事ができるという事が買われたのか、
アルバイトながらクレーム処理まで行っていたようです。

大人でも難しい事をこなしていたあたりは、若いうちの苦労は買ってでもしろと言わんばかりの経歴の持ち主であることが分かります。
こうした苦労の中で受けたエキストラとしてのオーディションで、役者としてスカウトを受け、そのままデビューすることとなります。

<俳優としての彼の努力>

彼について調べているうちに分かったことは、彼は、人知れず反省や努力を地道に積んでいくという性格の持ち主で、
舞台や稽古の度に反省をしては、「次はこうしよう」という努力を重ねているようだ。

とあるプロデューサーの話にでさえ「彼はこの一年の間に何があったのだろう。
前回出演した舞台と比べるとランクもレベルも違う」という彼への印象を口にさせるほどである。

彼の苦労とは、人から見たら苦労なのかもしれないが、彼自身がそれを苦労とは思っていないのではないかと思わせる姿勢は周りからも
評価を得ているようである。